ベーシックインカム論(2013年)

ベーシックインカムの3つのデメリットには何らかの対策を講じる必要がある。1つ目に関しては、「不当な解雇」の規制を今まで通り行っていき、2つ目に関しては、過度の給与の引き下げを法で禁止するなどの措置をとるべきであろう。双方とも、企業の経営者に比べ貧困に陥る確率の高い、労働者を守るための措置である。3つ目は、BIの最大のデメリットとも言える。これについては、後で詳しく述べることにする。
また、財源確保が厳しいにもかかわらず、なぜ富裕層にも給付するのかという反論があるだろう。その理由であるが、もし富裕層には給付をしないということにすると、富裕層を選別するための費用が余分にかかるためである。資産や給与をチェックすること(以下、ミーンズテストと呼ぶ。)に伴う人員や施設の配置などのコストが膨大になるのである。現行の生活保護でも真の貧困を見極めるためのミーンズテストに伴うコストは生じている。
BIが導入されると、公的扶助のうち少なくとも生活保護は不要となり、消滅する。そして消滅に伴い、現在生活保護においてミーンズテストにかかっている費用は不要となる。これはBI導入の大きな意義の一つであると私は考える。なぜなら、2012年時点でのケースワーカーの人数は2012年時点で1万6386人であり、地方公務員の平均給与が729万円であるため、ケースワーカーの人件費だけでも単純計算で約1200億円という多額の経費を費やしている計算になるからである。今後も生活保護受給者増加に伴い、ケースワーカーの人数も増員されるため、人件費も増加していくということも念頭に置く必要があるだろう。
またBI導入へ向けて話を進める際に、導入によって「働かずとも生活を送っていける状況」が生じるので、“働かざる者食うべからずではないのか?”という倫理的な面からのBIへの反論も予想される。このような反論をする人々に対してはまず、「勤労収入を得る仕事をして日々を送っている人は人口の5割しかいない 」という事実の認識を求めたい。言い換えると、「働く=お金を稼ぐ」という固定観念を見直してほしいということである。人々は、勤労収入を得る仕事をしていない場合も家事、勉学、ボランティア、応援活動、そして何より「消費活動」と、様々な活動をしている。当然のことながら、勤労収入をもらっている人だけで経済を回すことは不可能である。
つまり私が主張したいのは、BIが導入されることによって仮に仕事をやめる人が続出したとしても、彼らは働き方の形態を変えるだけであり、何らかの活動は行い続けるため、BIが社会全体に与える悪影響は、さほど大きくないはずだということである。むしろ、その「何らかの活動」が積み重なることによって、社会全体が測り知れないメリットを享受できると私は信じている。
また、そもそも現行の税制では相続税が100%ではないため、既に日本は、完全な「働かざるもの食うべからず」を目指した社会ではないとも言える。
そして、「きつい」「危険」「汚い」のいわゆる3Kの仕事に従事する人がBI導入により減ってしまうのではないかという懸念が生まれるのも大いに予想される。確かに大いに有り得ることである。これに対し企業は3K労働の賃金を上げて対応するだろう。本来これらの仕事こそ賃金が高いほうが自然であると私は考えるので、3Kの仕事に従事する人々の地位向上は喜ばしい。また、技術革新によって、必要とされる3K労働の時間の短縮に期待したい。
BI導入における最大の問題点は財源調達である。よって、BI実現へ向けて段階を踏む必要があると考える。政府から国民への金銭給付がなされる政策はBIの他に、生活保護等の公的扶助を除いて主に2つ存在する。負の所得税ないし給付付き税額控除である。これらはBIと比較すると、給付に必要な額が少なく、財源調達が容易であるため実現可能性が高い。したがって両者はBI実施への過渡政策とも言えるだろう。以下では、負の所得税と、負の所得税の一種である給付付税額控除の考察を行う。

ベーシックインカムの概要

BIとは、「政府がすべての個人に対して、生活に最低限必要な所得を無条件に同一額給付する」という政策である。なお、BIには課税されない。また、日本でBIを実施する場合、BIの受給資格として「日本に居住している」という条件は必須であろう。なぜなら、「BIを受給しながら物価の低い外国で生活する」という選択肢を排除する必要があるからである。排除しなければ、日本の経済に負の影響を与えてしまう。BIの受給資格として、「日本国籍を有する」という条件を課すべきかどうかは、私も結論は出せていない。この点は、BIを実施するにあたって、活発な議論がなされることとなるであろう。

以下に、BI導入のメリット・デメリットを箇条書きで記すことにする。デメリットも複数存在するが、BIの存在意義が大変多岐にわたることが分かるであろう。

 

メリット
生活保護における資力調査(ミーンズテスト)に伴う行政コストが無くなる。
仕事を辞めてもBI給付によって生活を送れるため、不本意な労働をしている人々が仕事を辞めることができる。それに伴い、劣悪な労働環境下で働く労働者に支えられてきた、いわゆるブラック企業が淘汰されていく。
企業側も社員の生活のための無理な雇用継続をする必要がなくなる(この点は社員にとってはデメリットとも言える)ために、企業の経営効率が良くなる。このことによって、職場環境や雇用環境が向上し、周りの労働者にも便益が生じる。
無職の状態でも、無理をして低賃金で労働せず、新たな事業に向けて思考する時間をとることにより、人生の選択肢を広げる。また、求職活動に時間とお金が割けるようになる。
学生が、生活していくため或いは小遣い稼ぎのためにアルバイトにあてている時間を学問・研究に回すことにより日本の学生の質を上げる。(給付金が娯楽やコンパ等の費用に消えていく可能性も大いにあるが、やむを得ないことであるし、学生の間は社会に出る前の準備期間ゆえ、学生には様々なライフスタイルの選択肢があってよい。)
食料を買うお金が無いからと言って、刑務所での食事を求めてやむを得ず犯す、「食べていくための犯罪」を抑止できる。
BIを乳幼児にまで支給することにより、少子化対策を兼ねる。
生活苦による自殺 を減らす。
ボランティア活動を活発化させる。
(今まで自分が生きることで精いっぱいだった人たちも参加できるため。)
・伝統文化の維持・発展に携わる人や携わる時間が増え、維持・発展が行いやすくなる。
・家事や在宅介護が活発になる。家族と接する時間が増える。
・人間の労働に代わる機械の製造が促進される。
生活保護のように、生活水準が著しく低下してから人々を救う「救貧」のみならず、「防貧」の側面がある。

 

デメリット
会社が社員を解雇しやすくなる。
ベーシック・インカムがあるぶんだけ、会社が給料を下げる。
・労働意欲が減退する可能性がある。

負の所得税

負の所得税とは、収入から一定の控除を行い(これを所得Aと呼ぶ)、Aが正の場合はAに税率をかけた額を納税し、Aが負の場合はAに税率をかけた額の給付を政府から受ける(BIとは異なり、世帯ごとに給付がなされる)というものである。表1は、控除額を300万円、税率を定率の30%として試算したものである。
なお、所得税の税率は表1のような定率のケースと、累進税率のケース、逆進税率のケースが考えられる。これについては負の所得税に限った話ではなく所得税一般における話であるが、累進課税の場合、所得金額のブラケット の境目に所得が偏り、労働配分に歪みが生じるというデメリットがある。そのため負の所得税を考える場合においても多くの人々が定率税を前提としているのは自然な流れであると言えよう。

 

負の所得税によるセーフティネットは、生活保護よりは評価できる。なぜなら生活保護のように役所で給付を受けることに伴うスティグマが無くなり、かつミーンズテストにかかるコストの大半が抑えられるからである。加えて負の所得税の場合、収入の低い人々にのみ給付を行うため、財源確保の観点ではBIより実現の可能性が高い。しかしながら大きなデメリットが存在する。それは、負の所得税が労働意欲の減退につながる政策であるということだ。なぜなら、負の所得税はBIと同様、一切就労しなくとも金銭を得ることが出来る制度であるためだ。上記の例の場合、勤労収入がゼロでも年90万の手取りがあるため、工夫すれば不自由なく生活を送ることができる。これにより、健康な人であっても、就労という選択肢を選ばない人が続出するかもしれない。この点を改善したのが次に述べる給付付き税額控除と呼ばれるものである。